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こんにちは。MusicViral片桐です。
先日、木曜劇場”ラスト♡シンデレラ”の主題歌「スターラブレイション」などを作曲している「ケラケラのメンバー”ふるっぺ”さん」にお話を伺ってきました。
ゲームのCM曲に起用された「明日に向かって」や映画「ビートキッズ」の主題歌「喜怒哀楽」など、
HUNGRYDAYSの作詞作曲・ベース担当として活躍!
HUNGRYDAYS解散後は、森さん、MEMEさんとケラケラを結成して、作詞作曲・ベース・バンドリーダーとして活躍中!
バンド活動、作詞作曲で大成功し、なお現役活躍中の「ふるっぺさん」。
音楽を始めたきっかけ、成功の裏側、スターラブレイション制作の秘話まで・・・!?
出血大サービスなボリュームで語っていただけました!
ぜひ最後までご覧ください♪
Pops作家デビューカリキュラム始動!
「AKB作家が教える。一年間で有名作曲家事務所を目指すスパルタ予備校」
“既存曲を聴くだけ”で作曲が上達する「MusicViral独自の分析術」を伝授。
AKB48や欅坂46、乃木坂46を手がける片桐周太郎の完全ワンツーマンレッスン。
一年間で、有名作家事務所の所属を目指す事に特化したカリキュラムです。
ギターをやるつもりがベースをやることになった中学時代
ーーふるっぺさんが音楽を始めたきっかけを教えてください!
ふるっぺ:週刊少年ジャンプの通販のページにエレキギターが載っているのを見て「弾きたいな」と思ったのがきっかけなんです。
父親が趣味でフォークギターをやっていたので自宅にアコースティックギターはあったんですけど、当時の僕は「ちょっと物足りないな」とか思っちゃって。(笑)
アコースティックギターの音よりもエレキギターのジャカジャカした歪み感やエフェクター使っていろいろな音出すのに興味がありました。
ーーエレキギターに興味持ったのが始まりだったんですね! ベースはいつからやり始めたんでしょうか?
ふるっぺ:エレキギターに興味を持ってすぐ中学生のときに「新しくギター部ができた」と校内放送があったんですよね!
「これは入るしかない!」と思って放課後に行ってみたら、実はギター部じゃなくて軽音楽部で。(笑)
やっぱり周りにもギターやりたい人が多くて、この頃に仕方なくベースを始めたんです・・・。
実は、ケラケラのドラムを担当している森さんも同じ部活で、彼は当時ギターを担当してました。
後々ドラムやっていた子がやめちゃったりして、彼も仕方なくドラムを始めたんです。(笑)
高校時代に人生が狂った??? 音楽の道へと突き進む!
ーー音楽の道を選んだきっかけ、いつ頃から目指していたというのはあるんでしょうか?
ふるっぺ:中学3年生のときに『Going stedy』という青春パンクバンドのライブ映像を見てから、音楽にのめり込んでいきましたね。
ギタリスト放り投げたり、ライブパフォーマンスが今まで見たことない感じで、とにかくかっこいいなと思ったんです。(笑)
ーー「Going stedy」流行りましたね! その頃から作曲、作詞もやっていたんですか?
ふるっぺ:そうですね!
高校生の頃には本気で音楽活動していたのもあって、高校1年生の時にYAMAHA主催の「TEENS' MUSIC FESTIVAL」というのに出場したんです。
1年目は受からなくて、すごい悔しい思いをしました。
だから曲も作り直して高校2年生の時も出場したんですよ!
そしたら、優勝することができたんです!
そこから良い意味でも悪い意味でも人生が狂ったと思います。(笑)
ーーすごいですね!それは良い意味しかないですよ。(笑)
その時の曲も、ふるっぺさんが作詞作曲したんでしょうか?
ふるっぺ:その時の曲は、ボーカルと一緒につくりました!
(HUNGRYDAYS時代、TEENS' MUSIC FESTIVAL 2003優勝曲「明日に向かって」)
この時代はベースを担当しつつも、
エレキギターを中心にアレンジすることが多かったのですが、
最近は、簡単に鍵盤も弾けるようになってきて、バラードとか作るときは鍵盤を中心にアレンジを組み立てたり、曲によって変えていますね。
HUNGRYDAYS解散!? ケラケラ結成までの苦悩の日々
ーーTEENS' MUSIC FESTIVALで優勝したときのバンドはいつ頃までやられてたんですか?
ふるっぺ:大学1年の年までですね。
ーー優勝して「さあこれから!!」というタイミングに解散した理由ってなんだったんでしょうか?
ふるっぺ:初期衝動というような「若い衝動がなくなった自分たちはこれからどうしよう」という感じでつまずいたんでしょうね。
ーーなるほど。そこで話し合った結果解散になってしまったんですね。ケラケラの結成はその後くらいだったんですか?
ふるっぺ:いや、ケラケラの結成は結構経ってからですね。
HUNGRYDAYS解散後もロックバンドを始めたんですけど、うまくいかなかったんですよ。
その後、1人でもできることをやろうと思って、東京に出てきて作曲家を目指していました!
それでデモテープを作曲家事務所に送ったりだとか、コンペ出したりとかしてたんですけど、全然受からなくて1年くらいやって諦めたんです。
それでいろいろ悩んでいて、昔からお世話になっている人に「君はバンドをやったほうが良いよ」と言われたのをきっかけに、「またバンドやろう」と思って結成したのがケラケラなんです。
ーーなるほど。メンバーはどうやって決めていったんですか?
ふるっぺ:新しくバンドやろうと思った時に、「今度は女性ボーカルが良いな」というのが頭にありました。
実は、「YUIさん」とか「Perfumeさん」とか好きで女性ボーカルのJ-POPやりたかったんです。
それで「mixi」というサイトで女性ボーカルの募集をかけました。(笑)
ーー2006,2007年くらいに流行ってましたね「mixi」
ふるっぺ:そうですね!
それで募集したら、予想以上の反応があって。(笑)
「ボーカルやりたい」という人だけで100人くらいとメールのやりとりして、1年間で50人くらいと会っていって、
このときに1人だけ決まりかけた人がいたんですよ!
でも歌録りする当日に、「彼氏が反対しているからやっぱり行けません」って連絡来ちゃって。(笑)
ーーそんな理由で…。(笑)
ふるっぺ:インターネットの難しいところだなと思いましたね・・・。
ーーレコーディング大丈夫だったんですか?
ふるっぺ:実は、その歌録りっていうのが舞台の主題歌だったんです。
結局僕が歌った物を先方に提出してなんとかなりました。(笑)
ーーあと腐れしそうな話ですね。ドタキャンの方とはその後連絡なしですか?
ふるっぺ:残念ながらなかったですね。
そのあと探していて出会ったのが、いまのケラケラのボーカル「MEMEさん」です。
ケラケラデビューまでの道のり! 音楽性にあった活動が大切!
ーー結成からメジャーに行くまでは、どういった活動していたんでしょうか?
ふるっぺ:最初はライブハウスでライブ活動をしていたんですけど、なかなかお客さんが増えなかったんです。
ある日、ライブハウスの店長に「そういう音楽性なら路上ライブもやってみたら?」と言われたのをきっかけに、渋谷・町田・千葉の柏など、いろいろなところで活動するようになりました。
約1年はこういった下積みの時期で、路上ライブを中心に活動してましたね。
ーー路上ライブと言うと冬がかなり大変だったのでは?
ふるっぺ:そうですね。(笑)
指がかじかんで、弦を押さえる指もめちゃくちゃ痛くて・・・。
ーー約1年路上ライブ中心の修行の日々を経て、お客さんも少しづつ増えていったんですね!
ふるっぺ:はい。
今もその時のお客さんがライブに来てくれていて、凄く嬉しいです。
ーーそんな中で、メジャーデビューのきっかけってなんだったんでしょうか?
ふるっぺ:ケラケラがメジャーデビューするきっかけになったのは、Youtubeの動画ですね。
活動しているうちに再生数が増えていって、お声をかけていただきました。
しかし、お声がかかってすぐデビューとはいかず、曲を書いたりレコーディングをしたりして、ようやくデビューに辿り着いたという感じでした。
ケラケラ「ふるっぺさん」の作詞作曲の秘密。スランプの抜け出し方
ーー現在ふるっぺさんは月にどのくらい曲をかいているんでしょうか?
ふるっぺ:時間や体力に余裕がない時でも、毎日Aメロ・Bメロ・サビのどれか1メロディーを作ることを心掛けています。
それが溜まったら繋げる作業をしてみたり。
でも、やはり理想はあまり悩まずにスラッと1曲が出来上がることですね。
そうやってできた曲の方がメンバー「良いね!」って言って貰えることが多いです。
最近は、知り合いの編曲家さんに先に伴奏(歌が入っていない曲)を作って頂いて、それに対してメロディーを付けるという作り方もしています。
ーーコライトですね!別の人がつくった伴奏の中に、ふるっぺさんの要素が加わっていくというのはめちゃめちゃおもしろいですね。
1人で曲をつくる場合で逆に伴奏からつくることはありますか?
ふるっぺ:ありますね。
煮詰まった時にコード進行を先に考えて作ったりします。
実はこれが、僕にとってはスランプの抜け出し方の一つなんです。
ーーえ!?そうなんですか!
ふるっぺ:僕の場合、作れなくなっている時ってコード進行のネタが切れている時なんです。
なので、気になる曲を耳コピしたり、昔はコード進行がたくさん載っている本を参考にしたりしていました。
他にも、普段はサビから作っているとしたら、順を追ってイントロから作ってみたり。
Aメロ、もしくはBメロから作ってみたり、いつもと違う順番で作ってみるのも抜け出し方の一つですね。
後は、色々な方と話して刺激を受けることで、曲のアイデアが浮かぶこともあります。
スターラブレイション制作秘話
ーードラマ「ラスト♡シンデレラ」である「スターラブレイション」はどのようにして生まれたのでしょうか?
ふるっぺ:「スターラブレイション」は、ドラマの脚本を見て作りました。
ドラマ「ラスト♡シンデレラ」は、大人の女性が恋をするというテーマでしたので、歌詞を書く時に幼い内容にならないように、言葉選びには気を付けました。
メロディーを書いた時に、一緒に出てきた歌詞を残しつつ、よりドラマの内容に寄り添った歌詞に近づけていった感じです。
メロディーに関しては、すぐに生まれた訳ではなく、メンバーやスタッフさんに「サビの9小節目からもっと盛り上がった方が良くない?」などアドバイスを貰いながら作りました。
ーー意外と難産だったという感じでしょうか?
ふるっぺ:そうですね。
実は、他にも何曲か書いて提出しまして、その中から「スターラブレイション」を採用していただきました。
ーーたくさんつくった中から選ばれたのがスターラブレイションだったというわけですね。
他に秘話みたいなのはあったりしますか?
ふるっぺ:イントロのシンセフレーズは元々なかったんですけど「もっとシンセのフレーズがあるといい」という注文があって、ケラケラに今までイメージとしてなかったシンセのキラキラ感が入ったのは秘話ですね。
ーーなるほど。 元々なかった新しいキラキラ感が足されて完成したんですね。(笑)
制作の中でプレッシャーとの戦いはあったんでしょうか?
ふるっぺ:ありました。
確か、放送ギリギリまでどの曲が採用になるのかわからない状態で・・・。
そんな中、歌詞はずっと修正して修正してって感じだったので、ずっと精神的に落ち着かない状況でしたね。
ーー何曲くらい書いたんですか?
ふるっぺ:結局最終的に残ったのは2曲なんですけど、全部で4、5曲は書き下ろしましたね。
そのうちの1つがスターラブレイションで、見事主題歌に決まりました!
これから音楽の道を目指す人へ伝えたいこと
ーー最後に今後、音楽の道を目指す人へメッセージなどあればおねがいします!
ふるっぺ:音楽は大きな枠でしかなくて「道は一つじゃない」ということは言いたいですね。
作曲家になりたいと思っていても、実はそっちじゃない別のことが向いているという事もあるのではないかなと思います。
とにかくやりたいこといろんな方面にアプローチをかけるといいかもしれません。
ーーなにが花開くか、きっかけになるかわからないですからね。(笑)
ふるっぺ:曲を作る人でも、「自分の体験を表現するのが得意な人」はアーティストやバンドが向いていて、
「注文された指示を読み取ってつくるのが得意な人」は作曲家が向いているのかなと思います。
ーーなるほど!たしかに、いろんなジャンルが好きでいろいろやりたい人って職業作曲家向きかも!
あと、心から「音楽が好き!」っていう気持ちが一番大事だと思います。
音楽が好きだと、機材にも詳しくなるし、研究も苦じゃないし、活躍されている作曲家の方はこういうタイプが多いですよね。
ーーなるほど。 「好きこそ物の上手なれ」みたいな感じですね!
ふるっぺ:そうですね。(笑)
これから音楽の道へ進む方は「音楽が好き」という気持ちの勢いのままに、たくさん努力をして頑張っていってほしいです。
「音楽が好き」という素敵な才能を大切にしてください!
ふるっぺ
2003年YAMAHA TEENSMUSICFESTIVALで優勝し、HUNGRYDAYSの作詞作曲・ベース担当としてメジャーデビュー
現在はケラケラのベース・作詞作曲・バンドリーダーとして活躍中!
ケラケラHP:http://www.kera2.com/
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
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Pops作家デビューカリキュラム始動!
「AKB作家が教える。一年間で有名作曲家事務所を目指すスパルタ予備校」
“既存曲を聴くだけ”で作曲が上達する「MusicViral独自の分析術」を伝授。
AKB48や欅坂46、乃木坂46を手がける片桐周太郎の完全ワンツーマンレッスン。
一年間で、有名作家事務所の所属を目指す事に特化したカリキュラムです。
片桐周太郎 作曲家・編曲家。東京都出身。SUPA LOVE所属。
AKB48やアイドル・アニソン等の楽曲提供や制作を行っている。作曲に携わったCDの総売上枚数は計り知れない。